パパたちのライフシフトインタビュー

「30年間で6回転職。人生の優先順位は、常に家族が一番。今が最高に楽しいです」 山岸慎司さん

 

山岸慎司さん

 

プロフィール

1962年、東京生まれ。大学卒業後、化学会社の新規事業部門に就職。しかしバブル崩壊でその事業は入社6年で売却。英国留学を経て、米国系経営コンサルティング会社へ転職。 40代からは外資系企業4社の日本法人で事業部長、執行役員、代表取締役社長などを歴任。欧米のエグゼクティブは、どんなに多忙でも家族を最優先に考えることを知り、自分も子育てに積極的に参加。現在はフリーで企業経営と人材開発のコンサルタントとして、企業研修講師、ベンチャー企業支援、大学生就職支援など。妻も4社目の仕事で多忙なため、家事も半分以上行う。


やっと子どもを授かって、うれしかった。今はPTA会長も。

 

お子さんはお二人ですね

32歳で結婚し、妻は7歳下。10年間、子どもを授からなかったので、2人で都心のマンションにでも引っ越そうと思っていたところでした。そんなときに子どもを授かることができ、うれしくてパパスイッチがオンになりました。でも、本格的にパパスイッチが入ったのは子どもがしゃべり始めるころからですね。

 

ファザーリング・ジャパンに入ったのは?

安藤さんがメディアに出始めたころから、著書をたまたま読み、日本社会ではまだ先進的な考え方に共感していました。いつか入りたいと思っていましたが、正式にファザーリング・ジャパンに入ったのは、下の子どもが小学校に入り、夜に出かけやすくなってからです。

 

妻はずっとフルタイムで外資系企業でしたし、僕も外資系で二人ともすごく多忙。でも、二人ともフレックスタイムやテレワークは普通。仕事の結果を出していれば、働く時間や場所には、誰も何も言いません。僕が保育園の送りは毎日、お迎えも週に1~2日行っていました。同僚にはシッターさんを使っている外国人も珍しくありませんでしたので、シッターさんや家事のアウトソースもフル活用しました。

子どもは今、高1の女の子と、小4の男の子。息子と虫取りしたり、カブトムシを飼ったり、サッカーをしたり。毎日すごく楽しいです。

 

お子さんとの生活を楽しんでいるのですね

優先順位は常に家庭が一番です。

僕自身もそうですが、ワーク・ライフ・バランスは、従業員にも管理職にも必要なもの。だから、企業向けのイクボスセミナーやキャリアコンサルティングの仕事を通じて、ワーク・ライフ・バランスを浸透させ、日本社会をいい方向に持って行くことができたらと思っています。

 

お子さんもだんだん成長していきますが

3年前に、サラリーマンをやめてフリーのコンサルタントになりました。今は家事を半分以上やっているかも。小学校のPTA会長もやってます。

子どもとはよく話したり遊んだりしているので、よく言うブーメラン効果(子どもが思春期になって親から離れても、また戻ってくること)を期待しています。高1の娘は、今でも勉強に困ると聞きにきてくれることもあり、ちょっとうれしいです。

今は週に3~4回夕食を作っていますが、「パパの方がおいしい!」って言ってくれるのが、やりがいです。

 

 エンゼルススタジアム。家族で大谷選手を観に。
エンゼルススタジアム。家族で大谷選手を観に。

転機はイギリス留学。その後、6回の転職

 

6回転職しているんですね

はい約30年間に6回転職しました。

大学は農学部だったので、安全な農薬の開発をしたいと思い、化学会社の開発部門へ。入社5年目に社内の選抜制度でロンドン大学の大学院に進みました。留学後に戻るはずだった部門が不採算部門として売却。さらに別会社に吸収合併され、帰る会社が変わってしまいました。

無事MBAを取得して帰国しましたが、新会社の居心地がとても悪かったんです。救済してやった会社の奴らは、黙っていろみたいな感じで。最初の会社で出会い、社内結婚した妻は、その日本企業から先に外資系企業に転職して、実力主義でのびのびと楽しそうに働いていました。その姿に触発されたこともあり、帰国後3年半で米国系コンサルティング会社に転職しました。

 

でも専門性を生かした会社から、コンサルティング会社に転向したのは?

イギリス留学では、経営管理学を学びました。その留学時代のイギリス人の同級生が、経営コンサル会社に転職して、その日本法人に紹介してくれたんですよ。社風が僕に合っていると。技術的なバックグラウンドを生かしてメーカーを経営支援するという仕事だったので、全く違う領域ということではありませんでした。でも、同級生が誘ってくれなければ、転職に踏み切れたかわかりません。人とのつながりですね。

 

留学が転機になった?

考え方が変わったのはイギリス留学が大きかったですね。「人生を会社に依存しない」という人たちにたくさん出会いました。僕は31歳のとき、企業派遣で留学しましたが、30代後半で仕事をやめて自費で留学しにきた人が大勢いました。世界40カ国の同級生から、会社に依存するのではなく、自分でキャリアを選択していくのが、世界では普通なんだと学びました。

 

講座風景
講座風景
最近ではオンライン講座も
最近ではオンライン講座も

妻は4つ目、僕は7つ目の仕事。同時にクビにならなければいい

 

さらに転職して、今は7つ目の仕事?

6回転職してフリーになり、今は7つ目の仕事です。妻も4社目で、今また次を考えているようです。妻とは「変化が大きい方が人生楽しいよね」と言ってます。共働きなので、同時にクビにならなければいいわけです。家事は毎週日曜夜に相談して、翌週のシフトを組みます。お互いの仕事の状況により、できる方が家事をします。

 

お互いに、いいバランスなんですね

夫婦ともに働いているのは安心材料ですね。お互いがやりたいことに、チャレンジできます。妻が働いていなかったら、前向きな転職はできなかったと思います。

 

今の充実度は?

やりたいことができてハッピー。今、人生で最高に楽しいです。企業の管理職研修や若い人のキャリア支援は、僕のこれまでの経験を次の世代に伝えることで、まさにやりたい仕事です。仕事はもちろんですが、子どもとの時間も楽しいし、フリーなのでパパ友と平日ゴルフに行ったりね。充実しています。今のペースで、80歳くらいまで、あと20年以上、やりたい仕事だけを続けたいです。

 

「40歳からの実践的キャリアデザイン」という本も出されたんですよね

30年サラリーマンをやってきた経験、人材育成をビジネスとしてやってきた経験をまとめたいと思い、先輩のキャリアコンサルを誘い、企画と執筆の8割を手がけました。後に続く世代の人たちが歯を食いしばったりしなくてすむように。みんなが幸せな人生を送る手助けがしたいと思っています。

 

40歳からの実践的キャリアデザイン

https://www.amazon.co.jp/dp/4502349216/

 

 

 取材・文:高祖常子(FJ理事、子育てアドバイザー&キャリアコンサルタント)