産後うつになったママの体験談

 

産後ハイの後、産後うつに。パートナーへの想像力と共感を

妊娠中は、妊娠・出産オタクでした。とにかく出産をゴールに頑張っていたという感じです。1時間くらいで赤ちゃんをつるんと出産でき、産後は とにかくハイテンション。退院した日にベビーマッサージをしたり、夜中に散歩に出かけたり……。体はあちこち痛いのに、体の痛みに自分自身が気づいていま せんでした。

 

夫の育休は2日間。会社の同僚は「奥さん出産したんだったらヒマだよね。飲みに行こう」という感じでした。

 

おかしいと気づいたのは、産後4カ月目の頃でした。それから約4カ月間、産後うつが続きました。起きられない、手足がしびれる、嘔吐……。精 神科に行こうか、心療内科に行くべきか、でも母乳育児をしているので、投薬はイヤ……、あれこれ悩みながら、電話番号を調べるタウンページが重くて持ち上 げられない。たくさんの思いが募ってたくさんしゃべりたいのに、夫が帰ってくるとしゃべれない。腱鞘炎になって、赤ちゃんを抱っこするのも苦痛。母乳育児 への執着があり、結局診察も受けませんでした。

 

その時の夫は、腫れ物に触るような感じ。夫のせいいっぱいのほめ言葉は「赤ちゃん、かわいいね」でした。でも、その言葉自体が、私にはしゃく にさわる……。夫はかわいいその瞬間しか見ていないくせに、と。今思うと、子どもにではなく、私自身に声をかけて欲しかったのだと思います。耳鳴りがし て、涙が止まらず、死にたいとまで思うようになりました。

 

産後8カ月の時に、産後のボディケア&フィットネス教室に参加。自分の言葉で話すこと、自分にお金をかけること、子どもを短時間ずつ預け仕事を始め、少しずつ産後うつから治癒していきました。

 

第2子の時には、第1子のときの教訓から、お金を使ってサポートを受けました。第3子の時にはたくさんの人に支えてもらい、とてもステキな産後生活を送れたと思います。

 

男性のみなさんにお願いしたいのは、家事・育児万能であるよりも、パートナーに対する想像力と共感を持って欲しいということ。夫婦二人だけで乗り切ろうとしないこと。風通しのいいパートナーシップを築きあげていって欲しいということです。

 


 

ママを支えるパパの体験談

 

産後うつの妻のサポートは、紆余曲折の末、夫婦協調型に

妻が産後うつになったときには、「なぜ、産後うつになってしまったのか?」と、自分が被害者のような感覚でした。7年前、上の子が4歳の産後でした。その 頃私は、金融機関に勤め、管理職になったばかり。仕事にもやりがいを感じていました。妻は学校関係の仕事をしていて、1人目の産後は多少調子を崩したよう でしたが、たいしたことはなく、普通に生活を送っていました。そして2人目の子が産まれた後、妻は産後うつになりました。

 

1人目の子どもの産後は、赤ちゃん1人に親が2人ですが、2人目は子ども2人に親2人。パパが仕事中には、ママ1人で2人の面倒を見ることになりま す。上の子がアトピーだったこともあり、育児への自信を失っていたということもあったかもしれません。産後の不調をきっかけに、妻の長いうつ病生活が始ま りました。 

 

第一ステージは「大変って言っても、自分は仕事しているんだし、(ママは)育休中なんだから頑張ってよ」という感じ。自分は妻に気を遣っているのに、症状は だんだん悪化……、妻の元気がだんだんなくなってくる……。仕事から帰ると、ご飯も風呂もまだ、お腹をすかせた子どもが惨殺体のように寝ている……。ネグ レクトっぽい状態だったと思います。

 

第2ステージでは、妻が大変なのだからということで、ベビーシッターを頼みました。家政婦さんも頼みました。3時間ずつ交替で来てもらって、 土日は自分が家事育児、すべてをしました。「クリニックに行って来たら」と妻を送り出し、診断は「産後うつ病」でした。何もせずにゆっくりすることが大事 とのこと。ベビーシッターも、お手伝いさんも揃えて、医者にも診てもらって自分としては万全の体制。この体制は経済的にかなり大変でしたから、自分では仕 事を頑張りました。

 

それでも、しかし、それだから、妻は一向によくならず、逆に抗うつ薬が不適合だったためか、攻撃的な躁状態になってしまいました。ある日、 ショッピングセンターに行ったときのこと。妻は、ぐずった上の子をエスカレーターから突き飛ばしました。そんなことがあり、妻とゆっくりと話す時間を持ち ました。妻は「ベビーシッターや、お手伝いさんは、他人だし、結局自分が指示を出さなくてはならない」と。私がよかれと思ってやったことは、妻に精神的な 負担を増やしてしまっていたようです。

 

第3ステージは、自力フルパワー型。弁当を毎日作り、保育園の送り迎え、夕飯を作り、風呂に入れ、子どもを寝かしつけ、もう一度出社して仕事 をする毎日……。夕食を家族一緒に食べ、育児にも関与でき、かつ妻といる時間も確保したわけですが、いわゆる“家族団欒とか、今でいうワークライフバラン スでイクメンを楽しむ”なんて余裕はありませんでした。しかも、妻のうつは、すぐに治るわけでもなく……。

 

実家の親も手伝ってくれたのですが、妻に手の震えが出てきてしまいました。妻としては「私は何もしていない。そういう私ってどうなの?」と、自分の存在意義に自信がなくなってしまったようでした。

 

そして現在の、夫婦協調型に。私は転職を決意し、1カ月間、日中夫婦2人で過ごしました。ボーッとしたり、2人で散歩したり……。そんな毎日 を過ごしているうちに、表情が薄かった妻は、並んで歩けるようにまでなりました。「ママだけど、子どもが好きじゃない」と言われましたが、「産んでくれた だけで感謝している」と伝えました

 

今は、家事、育児、妻の介護にできるだけ時間を融通し、カウンセリングにも付き添っています。紆余曲折がありましたが、妻にとっては身内のサポートが、何よりの特効薬だったのだと思います。