「経営者と男性の育休を考える」

 

 

サイボウズ株式会社 代表取締役社長  青野慶久

愛媛県今治市出身、大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工株式会社入社。1997年サイボウズ株式会社を愛媛県松山市に設立し、取締役副社長に就任。マーケティング担当としてWebグループウエア市場を切り開いた後、新商品のプロダクトマネージャー、事業企画室担当、海外事業担当を務め、2005年4月に代表取締役社長に就任。第3回にっけい子育て支援大賞、第11回テレワーク推進賞奨励賞など受賞。3才と1才の息子さんを育てる「自称イクメン社長」。

 

<聞き手> 塚越 学

特定非営利活動法人ファザーリング・ジャパン理事 男性の育休促進事業「さんきゅーパパプロジェクト」リーダー

東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス推進部 シニアコンサルタント

大手監査法人勤務時代に、長男時、次男時にそれぞれ育休を取得している。

 

 

東証一部上場会社の社長ながら第一子のときに2週間の育休を取得し、第二子では毎週水曜日を育児休業日として社長業と父親業をこなすサイボウズ青野社長に対し、第10回ファザーリングスクール基調講演直前に単独インタビューを行いました。

 

(1)経営者が育休をとるために

 

塚越: 青野社長のように若手の社長が育休をとる方が増えればもっと日本の風潮は変わると思っています。青野社長の場合は、育休で話題になった文京区の成澤区長のツイッターが後押しになったと伺いましたが、若手社長が育休をとるよう促すとすれば、社内外でどのような働きかけが必要だと思いますか?

 

青野: 私も背中を押されるまでなかなか動けませんでした。もし私のような人間が多いのだとすれば、ファザーリング・ジャパンが経営者限定に交流会を開いて若手経営者を招待するのはどうでしょう。経営者は異業種交流会で勉強することを好みますから。また、すでに行われている経営者の異業種交流会に飛び込んでテーマの1つとして取り上げて貰うという方法もありますね。

 

塚越: 最近、女性活躍が強調されていますが、青野社長は育休を取ったことで、女性の働き方、自分の働き方、社内の働き方を今まで以上に考え発信しているようにお見受けします。やはり経営者自体が育休を経験することは、結果的に経営における人材開発に役立つと考えますか?

 

青野: 役立っていますね。これは間違いないと思います。

 

塚越: やはり若手経営者には育休を経験してもらうほうが早いのではないかと思っているのですが。

 

青野: いま、社内のママ社員は私の味方ですよ。気持ちが分かるので、話題が合う。経験するのがとにかく大事です。強制でもいいので、体験させたほうがいいと思いますね。

 

塚越: 強制という言葉が出てきたので、次のご質問ですが、育休を男性に割り当てる「パパクオータ制」についてです。日本経済新聞(2013年5月13日)のインタビューでも男性に育休を割り当てたらどうかと提言されていました。もし、本当に導入しようとすると経済界から大反対が予想されるのですが、経営者として支持する理由は何ですか?

 

(2)パパクオータ制を経営者が支持する理由

 

青野: すごいシンプルなんですが、やればわかるところが大きいので、もう少し強制的に背中を押してあげる仕組みがあれば、相互理解が一気に深まると思うのです。今起きている少子化の問題も経験する人が増えることで世論の形成も簡単になりますし、解決に向かうのではないかと思います。経済的にマイナスインパクトがそうあるとは思えないですね。

 

塚越: 確かに1年間の育休を男性に割り当てるのであればまだしも、ノルウェーですら1、2ヶ月の割り当てですからね。

 

青野: 1ヶ月程度の休みなんて、ちょっと長いバケーションなら普通にありますよね。その程度で経営が傾くのなら経営の仕方に問題があると言わざるを得ないですね。

 

(3)経営者に伝えたいパパクオータ制のメリットは

 

塚越: ファザーリング・ジャパンではパパクオータ制導入を次回の育休法改正に盛り込んでいきたいと考えております。そのためにはこの制度を支持する経営層が増えてほしいと思っています。社長業は経営数値が全てです。通常、パパクオータ制を導入すれば、その分休む男性の売上が減ってしまうとかマイナスのイメージがされやすいと危惧しています。もし、青野社長がパパクオータ制のよさを他の社長にPRするとすればどのような視点から行いますか?

 

青野: 育休者の場合は、人材がその期間抜けるといっても突然抜けるわけではありません。いつからいつまで抜けるのか読めるので、引き継ぐためのドキュメントを残すなどといったことを行うことになるでしょう。それはまさに会社のナレッジですよ。その人が誰とどんな仕事をしているか、どんなやり方をしていたのか、どこまで進んでいるのか、すべて記述・記録していくことは会社にとっては、ノウハウの伝承です。言い換えると他の人でもその仕事ができるようになる。これは会社にとって単純にプラスだと考えます。

 

サイボウズでも産休育休で出たり戻ったりしてくれるおかげで、若手が次々と育っていっています。いきなり休業したら引継ぎは難しいでしょうが、子どもが生まれるのは半年以上前からわかるのですから会社の対応は十分可能だし、それによって強い組織ができていくわけですからチャンスですよね。

 

塚越: 今の日本の職場を大きく変えるきっかけになるということを考えればマイナスよりプラスのほうが大きいはずではないかと。

 

(4)男性の育休はビジネスチャンス

 

青野: 間違いなくプラスのほうが大きいですね。なぜなら 今の日本経済の閉塞感は、だいぶ認知されてきた話ですが、金太郎飴的なものづくりが限界に来ているからです。そこでイノベーションを起こさなければいけない、という言葉がキーワードとして繰り返しあがっていてもできないうちの1つは多様化がないからです。同じ考えの持った人が集まって、面白い意見は出ないだろうと。異文化が交流するからイノベーションが起きるのであって、育休取った男性がいない会社でイノベーションが起きるとは思えないですね。

 

塚越: なるほど、育休とった男性がいない会社は未来がないという方向、ですね。

 

青野: そうです。世の中的には間違いなく育休とる男性が増えていくわけでそれをやらずして、次の商売チャンスが見えるのでしょうか。育休を取る男性が増えたときに必ず次の社会構造の変化があるわけで、それをいち早く察知して、商品化していけば、売れていくと考えます。

 

塚越: わかりやすいですね。

 

青野: サイボウズはまさに商売チャンスで男性が育休を取るには、安心して引き継げる情報共有の基盤が必要。そこでグループウェアの提案ができる。私たちは育休を取っているので、使い方はこうだという提案までできる。どう考えてもポジティブな発想にしかならないですね

 

(5)男性は育休を体験すべし

 

塚越: 青野社長は先述の日本経済新聞のインタビューの中で、「男性が育児に参加すれば、女性は働き続けられる」「給料に縛られずに働けるようになり、男性にも色々な選択肢があるはず」ということをおっしゃっていました。この考え方は、育休取る以前からありましたか?

 

青野: 考えとしては頭では分かっていました。ただ、自分のものとして置き換えたときには、「自分は働きたい」「自分は仕事に専念したい」という考えだったと思います。

 

塚越: それが多くの男性ビジネスパーソンの考えでしょうね。

 

青野: それが洗脳された価値観ですよね。私はいまでも葛藤はありますよ。仕事ばかりしてきたから、不安はいまだにぬぐい切れないですね。

 

塚越: 男性の育児家事参画と女性の就労の先行研究を見ていくと性別役割分業意識の高低で男性が育児家事を行うかどうかが決まるのではないかという仮説があったのですが、ある研究の結果は、最初の意識は無関係で、育児をした体験で意識が高くなるというものでした。つまり、体験させることが大切で、その体験は何かと言うと「子どもと二人きりの時間」で「世話役割」をする体験なんです。これは、私自身の体験からしても、ファザーリング・ジャパン会員を見ていても、ものすごい納得感のある結果なんですよね。この二人きりの体験をさせることで男性の意識が高くなるのであれば、育休を強制的に割り当てることにも合理性が出てくる。

 

青野: そう、体験してもらったほうがよいですね。私の先ほどの考えだって、頭だけでわかったことではなくて体験したから言えることです。育休はとにかく辛かった。あの辛かった経験をしたからこそ分かることや変わることがありますね。

 

塚越: 1人でも多くの男性に育休を体験してもらうためにもパパクオータ制といった後押しがやはり必要だと感じました。ありがとうございました。

 

日経2013年5月13日

https://style.nikkei.com/article/DGXNASGG2900C_X00C13A5000000?channel=DF260120166500&style=1