「企業による男性の育児参画推進と女性の活躍推進の先進事例」

 

 

花王株式会社 
人材開発部 EPS 推進担当 課長 
座間美都子様

<聞き手> 塚越 学

特定非営利活動法人ファザーリング・ジャパン理事 男性の育休促進事業「さんきゅーパパプロジェクト」リーダー

東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス推進部 シニアコンサルタント

大手監査法人勤務時代に、長男時、次男時にそれぞれ育休を取得している。

 

セミナーを企画し、FJに依頼した経緯

 

塚越: セミナーを企画し、FJに依頼した経緯を教えてください。

 

座間様: 当社では「育児は男女が協力して行うこと」という方針で、男女社員共に希望する社員が仕事と育児を上手に両立できるように取り組んでいます。元々男性でも長期に育児休職を取得する社員はいましたが、2006年に育児休職の開始5日間を有給とし、男性社員が取りやすくしました。この制度の利用促進のために、講演会、ポスター作成、社員向ニュースレターの発行、子の生まれた男性社員と上司に制度利用パンフレットを送るなど色々な取り組みを実施しました。2つのセミナーはその中の一つの位置づけです。

 

FJ安藤代表(当時)とはFJ設立直後にお目にかかり、チームの担当者には主催セミナーに参加させてもらっていました。機会があればぜひご支援いただきたいと思っていたので、社員向セミナーを実施しようということになった時には迷わずFJにご相談しました。2010年ですね。

 

塚越: まさにイクメンブームのときですね。父親の育児参画を主として育児介護休業法が改正されたのは2010年6月ですし、「イクメン」という言葉が流行語大賞をとったのもこの時期です。「イクメン」や「父親の育児参加」を企業でも取り入れたタイミングですね。社内でもコンセンサスがとり易かった時期だったのではないですか?

 

座間様: 当社は独自の考えで取り組みをしてきており、もう一段上に行きたいというタイミングが2010年だったんです。

 

塚越: さすがですね。その一歩先に行ってるんですね。

 

座間様: 当社で育児支援制度の利用が定着したのは1990年代で、すでに育児休職を取得して復帰することは当たり前でした。次の課題として、時間制約があっても能力発揮するための支援に取り組もうということになりました。

 

2010年から開始した復職前セミナーはその一環でした。復職前セミナーは他社の企画を知ったことがきっかけでした。当社では女性自身を強くモチベートする内容にすると共に、家庭内での分担が大切なので、強制ではなく夫婦参加を推奨する形としました。当初、夫婦で同じ内容を受講してもらっていましたが、「夫にはもっと夫に向いた内容を聞きたい」という参加者の意見を反映し、2011年度から男女に分けた分科会形式とし、男性側でFJの塚越さんにご支援をいただいています。男性は先例やロールモデルを大事にされている方が多いとは思いますが、ご自身で仕事も育児も、ということを実践している人はまだ少ないため、組織化して取り組まれているFJの活動は非常に意味があると思っています。

 

塚越: 父親は育児の話を女性から聞くと説教されているように思うんですよね(笑)。女性は女性から言われたほうがいいように、男性は男性から聞いたほうが腹落ちがよいようです。しかもビジネスパーソンならビジネスパーソンからと立場も同じ方が「自分でもできるかも」とロールモデルとして自分と置き換えられる傾向にありますね。

 

座間様: そうですよね。特に育児は女性がやるものと言うイメージもあるのでなおさら。

 

塚越: 「やりなさい」よりも「やんなきゃもったいない、楽しいぜ」というメッセージは強制感がないと思っています。それがFJのミッション「笑っている父親」を増やすことにもつながりますし、我々もそこを伝えられるよう気をつけています。

 

座間様: 当社は「消費者起点」ということを大事していて、どれだけお客様の目で見られるのかを大事にしています。ただ自分自身の経験には限りがあるのでデータなどになりかわることもありますが、育児経験はその人自身の成長にもつながるので、セミナーがいいきっかけになればいいなと思っています。

 

塚越: 父親たちが育児もすると視野が広がって、社会問題に敏感になったり地域活動で人脈を増やしたり、様々な経験が人間力を高めて仕事につながっていくと企業価値も高まるでしょう。せっかく子どもがいるならしっかり活かしてほしいですよね。

 

 

セミナーを企画した当時や継続するときの社内での抵抗・反対について

 

塚越: セミナーを企画した当時や継続するときに、社内での抵抗・反対はありましたか?

 

座間様: そもそも男性社員向の育児支援に対して、「家庭内の事情に立ち入るようなことはいかがなものか」「企業としてのメリットが見えにくい」などの意見がありました。ただ、当社では制度を絵に描いた餅にしない、という考え方があり、制度利用を促進するためとして啓発活動を行っています。正直最初は「ええ~」という反応がありましたけど、活動開始当時の人事統括が「正直、自分自身も育児は妻に任せてしまった世代だが、今は時代が変わった、と理解して欲しい」と言ってくれたことから応援者が増えました。

 

塚越: それは大きいですね。

 

座間様: 雰囲気が変わりましたね。みなさん自分があまりやらなかったことなので、積極的に言いにくかったんでしょうか(笑)。それが2006・2007年のことです。

 

塚越: 素晴らしいですね。日本は、これまで「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業を国家戦略として経済成長を果たしてきました。しかし現在は男女共同参画により、男と女の役割が一様ではありません。こうした国の大きな転換により企業内には、ライフスタイルや価値観には世代間で大きなギャップがあるんですね。それぞれの価値観の違いを認め合わないと企業として人材活用が難しくなります。

 

私は講演の中で世代間ギャップのデータを必ず入れています。たとえば「家庭内でもっとも重要なイベントは何ですか?」という質問に対して、40・50代は「正月」に対して、20・30代は「子どもの誕生日」という調査結果。このギャップはとても大きいですね。子どもの誕生日も仕事してきた世代からすると「子どもの誕生日ごときで仕事を休むとはどういうことだ」と言いたくなってしまう。しかし価値観をぶつけあっても不幸なだけですから、相手を認めることで部下のモチベーションも変わってきます。これを知っているかどうかは大きいです。

 

座間様: 本当にそうだと思います。知ってるか知らないか、気付くか気付かないかは大きいですよね。

 

塚越: なので役員クラスの方からのその発言は雰囲気変わりますね。

 

座間様: そもそも男性社員向け育児参加促進セミナーは育児中の男性社員自身が希望しているという調査結果に基づいての企画だったため、反対はありませんでした。しかし、「蓋を開けてみたら、参加者が少なかった・・」ということにならないよう、企画の最終判断直前に再度希望者を確認し、開催を決定しました。

 

塚越: 慎重になりますよね。1回目でしくじるとそのあと続かないので、初回でどれだけ成功させられるかというのは大きいですよね。

 

座間様: 復職前セミナーは社員自身のがんばりたい気持ちに応えるものとして企画したので特に反対はありませんでした。女性自身と家庭の事情も関わるので、希望者にはパートナーとご一緒に、ということにしました。

 

また、社内の“応援”がないと定着しないため、「いいものだからぜひ行きなよ」と広げていただきたいと思い、部門の人事担当者へのオブザーブ参加を強くお願いしました。オブザーブしてくれた方が「非常に良い内容だった」と人事担当者の会議でプッシュしてくれたことが定着につながりました。

 

セミナーが定着したので、私たち自身は、次はどうしたらよりたくさん人が集まるか、より評価が高まるかと、毎年考えながら行っています。

 

女性活躍と受講者の反応

塚越: 昨今、「女性活躍」が言われていますが、企業としては、「就労を継続」するだけでなく、どう活躍してもらうかを考えなければいけません。

 

しかし、女性自身がもっと活躍するためのハードルの1つは家庭内にあって、再就職に不安な要因の一位は「子育てに支障がないか」なんですね。なぜなら、育児・家事は主として女性で、厚労省の調査でも男女ともに9割近くが育児家事の主たる役割は女性と答えているからです。

 

男女ともに何となくそう思っていると、女性自身も夫に育児家事は期待せずに一人で頑張ってしまう。短時間勤務が長期にわたる、子どもが病気をしたら女性だけが休む。家庭の主たる責任が女性に偏っていると企業で活躍するにも限界があります。会社も「子どもがいる女性は残業できない」「すぐに休む」と見てしまい、本当は活躍できる他の女性にまで影響してしまう傾向があります。これを統計的差別と言います。 

だから女性社員の活躍のためにはその夫をセミナーに連れてきて育児家事についてセミナーを行うというのは企業戦略として非常に理に適っていると思います。

 

実際、セミナーを行ってみて、受講者の反応はいかがですか?

 

座間様: 育児休職復職前セミナーは、男女が同じテーマを受講する形式から分科会形式に変更して評価が高まりました。年々、参加する男性の意識が高まっているように感じています。特に今年の参加者からは「妻の会社の支援の本気度を感じ、夫として育児について意識を変えなければいけないと気づけた」「夫婦でうまく協力し合える環境づくりの方法を教えてもらえてたいへん有意義だった」などの声があり、非常に満足度が高かったように感じました。単なる話し合いや共感の場だけでない、そこからもう一歩進んだ感想が出てきていて、何かがいい意味で変化していることを感じます。

 

塚越: 育児休職復職前セミナーの全体セッションで、いまは子どもを5分しか抱っこできないパパが、「妻が復職するまでに1人で5時間見れるようにします!」と宣言したときは会場も盛り上がりましたね。子育てが苦手なパパがセミナーの話を聞き、みんなとディスカッションして、妻の復職までに自分のできることを本気で考え、結果的にああいう宣言につながった。特に20代~30代前半は2・3時間の講演の中で人生が変わったかのように反応が良い印象ですね。

 

座間様: 男性社員向の育児参加促進セミナーは、ベテランパパ、新米パパ、プレパパなどいろいろな方が参加することで、経験談などを共有しながら、男性の子育てを考えてもらうものとしています。

 

参加者からは「育児に関して話せてよかった」「妻にも内容を伝えたい」「こういった取り組みをする当社は先進的だ」などの意見が寄せられています。

 

実施が定着し安定して参加者がいる事業場もありますが、参加すれば満足度は高いものの、参加者自体が想定よりも増加しないことが課題ですね。開催時間帯や社内広報を運営側の問題としてさらに工夫していきたいと思っています。

 

塚越: より多くの方が参加していただけるようになるといいですね。

 

座間様: 個人的には先日のセミナーで塚越さんが最後におっしゃっていた「育児は女である自分だけの仕事と思い込んでいないか。女性自身も意識を変える必要がある」という言葉に、新しい視点をいただきました。

 

塚越: 父親が育児参画できるようになるには、意識の高低ではなく、子どもと2人きりの状況で世話役割を数多くする経験が必要であるという先行研究があります。子どもとの修羅場を経験すると、育児は女性じゃなくてもできることが肌感覚で分かり、自信も生まれます。だから、夫の意識を変えようとするより、まず体験。そのときに気をつけたいのは、父親がやることに母親が近くで口出し手出しをしないことです。子どもと2人きりの経験をさせたほうが積極的に考えて動くからです。そのためには、母親が父親に任せるという意識の変化も大事なんです。

 

座間様: そうかもしれませんね。今の話を聞いてるとビジネスの場面も同じだと言えますね。新人を育てるときに、仕事を任せて修羅場をくぐらせるのは当たり前のことです。

 

塚越: 「夫は指示しないと動かない」「気が利かない」というのは夫が育児家事をやるときの妻からの不満です。これは職場の新入社員への不満と似ています。新入社員で仕事ができないのは、仕事の仕方がわからない、仕事の全体像がわからない、仕事への責任が希薄だからです。だから全体像を把握するために例えばプロジェクト一つ渡して一通り経験させるんですよね。育児も全く同じです。では男性は何をすればいいか?育休を取るのが一番いいです(笑)一通り経験し、全体が分かってるから気が利くパパになるんですよね。

 

座間様: 父と母がいる家族では、それぞれが関わるのって当たり前のことですよね。そういうことがさらに広がっていくといいですよね。

 

会社にとっての効果・メリット・今後の展開

 

 

塚越: では、会社にとって、どんな効果・メリットが感じられますか?

 

座間様: 実は、2008年に仕事と生活の両立に関する社内アンケートを取ったところ、制度の使いやすさへの意識が男女で大きく差がありました。制度内容に差はないはずだが、男性の方が取りにくいと思っており、いろいろな意味で男性社員の意識への働き方が必要とわかったことが根本にあるんですね。

 

眼に見えたはっきりしたものではないですが、女性への育児支援、介護支援、障がい者への理解促進などの取組と併せて実施していくことで、社員の多様な価値観の受入れ、社会状況変化への理解と対応について漢方薬的に効いてくると思っています。

 

先ほどの塚越さんの話にもありましたが、仕事と家庭の充実を通じた社員自身の成長、会社へのロイヤリティの向上、時間生産性向上のきっかけとなったという声を聞いています。

 

塚越: ある調査では、「制度がない会社、制度はあるが周知してない会社、制度があって周知もしてる会社」の中で、女性の育休取得率や離職率を比較すると、制度がない会社と、制度があっても周知していない会社はほとんど同じ結果でした。制度を周知するということは、会社が是非制度を使って欲しいというメッセージとして従業員に伝わるんでしょう。組織は人も入れ替わりますし、啓発を継続していくというのは、とても大切なことです。

 

座間様: アンケート結果からみて、ここ5年くらいでは、制度の取りやすさや定着の評価は上がってきていると実感しています。新たに子どもが生まれた男性社員が使いやすい風土になりつつあります。

 

塚越: 継続していけるかどうかは、その内容をそのときのニーズに合わせて進化させていく努力も必要ですね。最後に、今後の展開はいかがですか?

 

座間様: グループ会社全部をさらに広く巻き込みたいですね。さらに、働き方の見直し、時間生産性向上などの後方支援をしたいと考えています。

 

また、多様な社員の活躍が企業の活力になる、ということを信念として、生活を充実させた社員が生活者視点を身につけて仕事でも活躍し、良い成果につながるために活動を継続していきたいと思っています。

 

塚越: 素晴らしいですね。今後もFJは、微力ながらもご支援差し上げられたらと思います。どうもありがとうございました。

 

2013/05/16実施@花王