男の100年ライフプロジェクト

イクボスの次に来るものは?

働き方改革の先にあるのは、個人の「生き方改革」。
長時間労働がなくなって、できた時間を何に使うかで、その人の人生のクオリティーは変わってくるはずです。

ファザーリングジャパンでは、イクボスプロジェクトのネクスト事業として、 男性(父親)の生き方改革事業「男の100年ライフ応援プロジェクト」を今夏より開始します。

3ステージからマルチステージへ。 男の100年ライフを満喫しよう!

人生100 年という時代、退職後も元気に社会で活躍し、教育⇒仕事⇒引退という3 ステージから、マルチステージで人生をフルショットする。これぞ、理想的なライフではないでしょうか。

さて、貴男はどうですか?
貴女の夫や貴社のミドル社員はどうですか?
「終わった人」になっていませんか?

「男の100年ライフ応援プロジェクト」は定年後も「持てる力」を社会で発揮し、100 年ライフを満喫する男性を増やすためのプロジェクトです。


パパたちの「ライフシフト」インタビュー

 

「男の100年ライフプロジェクト」では、一般の皆さんからの体験談を募集します!

 

仕事、家庭、趣味、地域活動・・・

どれもイマイチだった自分がこんな風に変わった!

自信が持ててライフが充実してきた!

そんな男性たちの「ビフォーアフター話」をお寄せください。

 

また、 「うちの夫がこれで変わった!」

「会社の上司がダメボスからイクボスに変わった理由」 など、

女性や部下の皆さんからの投稿もお待ちしてます。

 

投稿いただいたものはFJが管理するHPやメルマガ、SNS等へ掲載させていただくことがあります。予めご了承ください。

 

※注意 特定の個人・団体を誹謗中傷するような内容がみられるときは掲載しないことがあります。

学べたいやきくん/会社員/岡山県/34歳既婚男性

 

妻の第三子の妊娠の時、つわりがひどく1週間休暇を取り長男6才・次男2才(当時)の幼稚園送り迎えと育児を土日含めた9日間行いました。

最初はあまりに単調で刺激の少ない生活のように思ってしまったものの、息子達の少しの成長(縄跳びが1回多く跳べた等)に気づくようになっていくにつれ、息子たちが自分に求めているものは決してキャリアの成功等ではなく「よく見てくれている父親」であることだけなんだという当たり前のことに気づくことができました。それまでは家族のためのキャリアだと肩肘を張っていた部分がありましたが、良い意味で肩の力が抜けて仕事でも思い切りチャレンジできる機会が増え、結果として仕事の成果も上がっています。

 

船橋ハルパパ 会社員(建設業)/ 千葉県/36/既婚男性

 

Before

Work

長時間労働⇒深夜からの飲会⇒そのまま朝になり仕事

今考えると効率すごい悪い 

Life

平日は妻のワンオペにまかせっきり

休みの日も家事を「手伝う」 子どもの「遊び相手」程度

Social

皆無・・・・

町内会の道路掃除ですかね・・・

 

Turning Point

パートナーが船橋ワーキングマザーの会事務局に参画

付き添い+子守で参加していた

同じように付き添いできていたパパ達と話しているうちに悩みを共有

行動開始

 

パートナーと予定を共有してパパ迎えの日を共有

不要な飲み会を断る

社内政治へ参加しない

共働き イクメン を 周囲にアピール など

 

After

work

会社のデスクネッツ(共有予定表)にお迎えと入力することで社内周知

仕事の強度を上げワークに集中することで、1/5程度まで残業時間の大幅な削減ができた

また業務の目的と到達点を明確に考えることによって必要な業務に集中し、

不要な業務を断る(やめる)ことができるようになった。

 

Life

家族との時間が大幅に増えた

以前は平日は夕食を家族がそろって食べることはほとんど皆無だったが。

夜7:30家族そろって夕飯を食べる

自分:ビール 妻:ワイン 息子:牛乳で乾杯することが何よりの幸せな時間となっている

 

Social

つながった船橋のパパで船橋パパ会を立ち上げ

子育てだけではなく働き方や生き方を語り合える仲間ができた

男の100年LIFEプロジェクトに船橋パパ会仲間と参加できたのは何よりの活動成果

地域でつながることの「楽しさ」を実感している

 

パートナーが終業後の勉強会や交流会へ参加しスキルアップを図れるようになった

専門職であることもあり、会社とポッセ以外の人達と繋がる客観的に会社や業界を見ることが出来るように。 

 

渡辺裕/会社員/栃木県51既婚男性

 

<ビフォー(大学卒業~40歳)>

・入社してから40歳くらいまでは、ほとんど仕事ばかりに没頭し、文字通り会社と自宅を往復する日々でした。

・電車の中でも時間を惜しんで仕事をしていた時期があり、隣に座った方にそこまでして仕事する必要はないのでは、と言われたことがありましたが、当時はあまり意に介さずに忙しいのだから仕方がないと考えていました。

・仕事は東京で、自宅や家族の生活基盤は栃木のため通勤時間が長くかかりますが、それが自分の弱点になることを恐れ、タクシーを使ったりホテルに宿泊しながら長時間働いていました。

<アフター(40歳~現在>

・子供が小学生になると学校や地域の行事に参加するようになり、地元自治会の下部組織である青年会に所属しました。地域のボランティア活動やお祭りにも携わり役員や会長を務めました。

・面倒くさいと思っていたPTA活動にも携わるようになり、役員や会長を務めました。PTA会長はやってみないとわかりませんでしたが、自然と市全体の役員になったり充て職に就いたり、負担感より未知の世界に挑戦する楽しさが勝るようになりました。

・現在は公募で募集していた市の社会教育委員に手を挙げ、地域の生涯学習の推進に取り組んでいます。

・ラグビー観戦が趣味でしたが、息子がラグビースクールに入ると、休日は練習や試合を追っかけ、各地のグランドで一喜一憂するようになりました。

・地域活動や趣味の活動などは、それまでは決して関わることがなかった人たちと知り合えたり、皆のまとめ役をやったりして、人間の幅が広がり人生が充実してきたと思います。

・家族にも負担をかけるような無理な勤務はしないようにし、仕事と生活をうまく切り替えることを意識するようになりました。

・昔、電車の中で私に忠告してくれた方の言葉の意味がよくわかるようになりました。同じような人を見かけたらアドバイスしたいと思います。